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「経済思想」期末レポート2011-3

日本の農業の自由化と効率化

〜農業が将来にわたって続くために今、貿易自由化すべきなのだろうか〜

米田早希

 


 

 

はじめに

 今回のレポートでは貿易自由化と日本の農業の関係について考えてみた。農林水産省や農業団体はTPPに参加すると大きな損失がでるとアピールしているが、果たして本当に日本にとって損なのであるか疑問に思い今回のテーマに決定した。レポートの流れとしては、はじめに日本の貿易における立場について考えた後、貿易自由化の影響について考え、最後に日本の農業が将来にわたって続くためにすべきことはないのかについて考えていく。

 

1、日本の農政と経済理論

 日本の食料自給率は約40%ほどである。そんな中、201010月に菅首相はTPPへの参加を表明した。TPPは原則として例外を認めない貿易自由化の協定である。関税が廃止されることで外国から格安な農作物が日本にどんどん輸入され、米をはじめ国内の農業・漁業は壊滅的な打撃を受けると反発する声も多く上がっている。もともと、日本はアメリカなどの農作物輸出国に比べて、国土が狭く農地面積が少ないので国際競争力がないのは仕方がないとされてきたのだので、日本の農業は高関税で国内の農家を手厚く保護することで守られてきた。

だが、経済学的観点からみると日本の農業を高関税で守ろうとするのは、とても非効率的のように思われる。非効率的であると主張する根拠は二つある。一つ目の根拠は国際経済学のヘクシャー=オリーンモデルの比較優位から考えることができる。国際経済学のテキスト[1]によると、比較優位は各国の生産要素の相対的な豊かさと技術との相互作用によって影響を受けるようだ。このモデルを日本に当てはめてみよう。日本の国土はアメリカなどに比べて狭いので土地は相対的に希少性があるといえる。よって、米のような土地集約型の農業を行うよりは、土地のあまりいらない工業に特化するほうが適切に資源を配分しているといえるのだ。より簡単に言うと、「貿易を自由化して、自分たちは得意なものばかり作り、不得意なものは輸入をした方が効率的ではないか」という主張である。二つ目の根拠は、輸入品に対して高関税をかけるのはミクロ経済学の理論から考えて非効率を生むということだ。輸入品に高関税をかけることによって、日本の農家は輸入品と価格競争をすることがないので高い価格で作物を売ることができる。しかし、消費者はその分高い価格を払って農作物を買わなくてはならないので、消費者余剰は関税の分だけ減少してしまっている。われわれ消費者は、外国からの農産物に高関税がかけられていることで関税の分余計にお金を払わなくてはならなくなり損をしているのだ。

今、日本では「農作物の関税による保護政策VS農作物貿易自由化推進政策」の戦いが起きている。はたして、これからの時代はどちらの政策を推し進めていけばよいのだろうか。また、日本の農業を将来どのようにして守っていけばよいのだろうか

 

2自由貿易の流れから取り残された日本

 GATTウルグアイ・ラウンド交渉はサービス貿易や知的所有権の扱い方、農産物の自由化などについて交渉が行われた。このときアメリカは、自国の競争力が強い農業で自由化を要求してどんどん他の地域に農作物を輸出したいという思惑があった。そこで、アメリカは、EUになんとか輸出補助金の額を減少させようと考えていた。その頃、EU域内では価格支持政策が行われており、高い域内価格によって農産物の生産が過剰になった。それを処理するために、輸出補助金を出し、域外に過剰な農作物を安い値段で輸出させようとしていた。そういう理由もありEUは当初、輸出補助金の削減に抵抗したが、結局アメリカの圧力にある程度応じなければならなくなった。そして、農家の所得を補償するために直接支払いという方針に転換し、農家に直接お金を与えるようになった。こうして、EUにとって価格支持政策や関税、輸出補助金の意味は後退していった。

 それにひきかえ、日本は高価格によって農家所得を維持するという政策から転換できないでいた。日本は関税引き下げを回避することに全力で力を注いでいた。アメリカやEUは直接支払いによる農政改革を進めて関税の依存度を低めていたので、日本のポジションは不利なものになっていった。このような状況を考えると、世界は関税をなくして貿易自由化を推進する流れに向かっているのではないだろうか[2]。それに立ち向かっていくのはもはや難しそうである。では、農作物の貿易自由化が起こると日本の農業はどうなるのだろうか。これについてこれから考えたい。

 

3、貿易自由化の懸念

 貿易自由化で懸念されていることといえば、国内農業への打撃、食料自給率、農村の持つ多面的機能の低下、地域社会の崩壊などである。特に、食料自給率の問題が常に最大の論点となってきた。それは、日本が食料輸入大国であるという以上は避けられない問題であり、食料を調達する上の不安定要因は今も将来も容易に解消しそうにない。さらに世界の食料をめぐる環境も楽観できる状況ではないようだ[3]。それにしても、食料問題はなぜこんなにも不安定なものなのだろうか。

 それは、食料は他のモノにはない特殊性を持っているからである。食料の最大の特徴は、人間生活や生命維持には欠かすことのできないものであることだ。それなのに、農業は自然条件、病害虫などで収穫量が左右されるために、工業製品とは異なり食料の供給は不安定になりがちなのである。このような食料の特殊性から、国際穀物市場も他の市場とは異なる特徴を有している。国際穀物市場は、『各国の食料・農業政策(特に関税や輸出制限などの国境調整措置)によって、各国の国内市場と分断されている。』 [山下一仁, 2010]という特徴ある。このような特徴が生じる理由は、農家の所得を確保するためと、その消費者である国民の生活や生命・健康維持を守るための観点からのようだ。国際穀物市場が各国の市場と分断されていることは注目すべきところであり、このせいでわずかの需給の変動によって国際価格は大きく変動してしまう要因にもなっている。さらに、各国の政策がこの変動をより大きなものにしてしまう。これが、国際市場の不安定につながっているのである。

そして、この不安定さから、食料危機が起こった時はいかに食料を確保していくのかという問題があがってくる。これこそが、まさに「食料安全保障」の問題である。食料危機のときには、輸出国の輸出数量制限や輸出税により貿易が制限され、自由貿易はなくなってしまうのではないかといわれている。自由貿易がなくなってしまうと、食料輸入国は食料の調達ができなくなってしまう。万が一、輸入が途絶えると一大事だ。しかし、実際に食料不足なった際に貿易を制限された例がある。例えば、EUの場合考えてみよう。

『ウルグアイ・ラウンド交渉でEUは輸出補助金の削減に強く抵抗した。そのときEUは輸出補助金により途上国に安価な食料を供給していると主張したが、国際価格が上昇し、途上国にとって食料が入手困難になる局面では、輸出税を課して域内市場への供給を優先したのである』 [山下一仁, 2010]

このことから、農作物の輸出国の自由貿易は決して輸入国の食料安全保障を確保してくれないことがわかる。自国の都合が最優先なのだ。だから、自国の食べるものはある程度自国で確保する力が必要となっていくので国内の農業もある程度維持していく必要があるといえる。食料に関しては、市場経済のメカニズムに任せ、効率性だけを考え輸入していけばよいものではなく、ある程は自国で確保しなくてはならないものなのである。だからといって農業は国民生活にとって欠かせないものだから、補助金で補助していけばよいという考えでは、この先の日本の農業は発展していく可能性が少なくなってしまうだろう。では、食料の貿易が自由化した時に、日本の農業はどのような方向性を持っていけばよいのであろうか。まず、先に自由化した韓国の例を検討してみたい。

 

4、貿易自由化の例(韓国)

 韓国はFTAを強力に推進している国である[4]。韓国がなぜFTAを押し進められるかというと、そこには日本とは異なった産業構造の違いからきている。韓国の貿易依存度は日本の約30%を大きく上回って約75パーセント水準に達している。これほど、貿易依存度が高いと、産業全体のためには農業を犠牲にしても輸出産業を維持すべきだという主張が通りやすい社会であるといえる。さらに日本とは違い、韓国では農村の集落問題がほとんど取り上げられない社会風潮がある。韓国では農村の集落よりも、都市で集まって住む方が社会的・経済的に効率的であるという認識が主流である。このことから、韓国はFTAのために農業を犠牲にしたともいえる。

 しかし、韓国はFTAを推進していくことと同時に、農業構造の改善を図って農業生産性を向上する道を選択した。その手順は、廃業資金支援や経営移譲直払制などによって、輸入との競争で収入が減少し規模を縮小する農家や廃業する農家、高齢農の支援を行いながら農業からの退出を促した。こうして、非効率な農家をどんどん減らしていき、土地を主業農に集積させた。さらに競争力強化政策を併行させつつ、構造改革を推進するというものであった。ただし、コメ部門に関しては除外させている。このことから、韓国は貿易自由化を推し進めると同時に、農業の再生化を図っていったことが分かる。

 

5、貿易自由化と土地集積度

 日本でも農家の高齢化がすすみ、耕作放棄地が増え、地域の過疎化に歯止めがかからないでいる。農業就業人口は約260万人と、ピーク時の5分の1以下になった。高齢化率も62パーセントに達している。このままでは、日本の農業の将来はどうなっていくか非常に不安である。日本は零細農家が多く、平日は会社員で、週末だけ農業をしているなどの自給的農家と副業農家があわせて総農家の7割を占めている。7割の中には、資産価値の高い農地を手放したくないという理由で、ほどほどに耕作している農家もいる。日本では、このような農家と、たとえば北海道のような大規模農家は同じように扱われ、同じ支援策がとられているのだ。さらに、耕作放棄地は土地の所有者が将来転用すれば利益が出るかもしれないことを見込んで、農地を売りたがらない。そのせいで、土地の流動化が進まず、農地の集積はなかなか進まない。これでは、日本の農業は零細農家で支えられ、いっこうに効率性が上がらず、補助金漬けで農作物を生産することになるだろう。そのことを考慮すると、耕作をあまりしていないのに将来の転用の利益を見込んでなかなか農地を売りたがらない農家に、手放すことで支援金を与えたりして離農政策をとり、やる気のある農家に土地を集積していく必要性があることがわかる。その意味では、日本の貿易自由化は非効率な生産を行う農家の市場からの退出を促すという点で、農家の効率性を上げるひとつのきっかけになるのかもしれない。

 

6、日本の農業所得向上のために

 今までの話をまとめてみると、日本の農家は主に零細農家の割合が多く、非効率な農業がおこなわれており、たくさんの補助金によって支えられてきたことが分かった。だから、貿易自由化ではとても外国からの輸入品に太刀打ちできないという考え方があった。

日本の農業は高齢化が進んでおり昭和一桁代の人たちによって支えられている今、後継者問題は避けては通れない問題であろう。しかし、家族を養うだけの所得を得ることができない産業には新たな就労者はやってこない。そこで、今後日本の農業を守っていくためには農業所得を上げる必要がある。農業所得を上げるためには様々な方法が考えられる。ここでは2点あげて考えたい。

 まず、一つ目はコスト削減を目指す取り組みである。コスト削減の方法としては、たとえば労働生産性を改善することが挙げられる。生産の高い産業は所得が高く、低い産業の所得は低いことは統計から明らかである。労働生産性を向上させるためには以下の3つの方法がある[5]

 1、キャピタル・ディープニング

   労働者が使用する設備や機械などの資本量が増えること

 2、労働者の技能の向上

 3、効率性の向上

   労働と資本のインプットがいかにうまく使用されているかという効率性

 以上の3点を考慮すると農地を集積していくことを目標にする政策は非常に有効であると考えられる。たとえば、農地が狭ければ大型トラクターを導入したところで、うまく活用することができない。農地が大きくて初めて大型トラクターなどの機械へ資本を投入する意味が生まれてくる。その意味では、農地が集積されることでキャピタル・ディープニングは促進されるだろう。さらに、少ない人手で大型機械をたくみに使うことで労働と資本を有効に活用することができ、効率性の向上につながる。これで、農地を集積することの有効性がわかった。

 農業所得を上げる2つ目の方法は、販売価格の向上や販売量の増大を通じて収入を増やす取り組みである。白書[6]によるとこのような取り組みは主として

 @販売価格の向上と販売量の増大の両方を目指すもの

 (経営内部における生産・加工・販売の一体化の取り組み、農業直売所の取組)

 A主として販売価格の向上を目指すもの

 (ブランド化の取組、産地での農産物販売強化へ向けた取組)

 B主として販売量の増大を目指すもの

 (加工・業務用需要への対応のための取組、輸出拡大への取組)

などが挙げられる。このなかで特に「B主として販売量の増大をめざすもの」に注目したい。現在、日本では少子高齢化による人口減が続いており、国内市場は今後もますます縮小していくことが予想される。農作物は天候などさまざまな要因により収穫量が不安定になりやすい。不作にも豊作にもなる。そこで、普段は農作物を輸出する環境を整え、いざというときは国内に農作物をまわすことで不作にも対応できる力をつけることが必要である。

 そのためには、農作物の輸出拡大への取組が非常に重要になってくる。日本の農作物は味と品質は世界でも立ち向かっていけるレベルがある。そうなると、市場開拓が必要になってくる。日本でもすでに、将来の貿易自由化を見込んでブランドの向上や、輸出に向けた取組が各地で行われている[7]。たとえば、福島県白河市のJAでは農業所得の確保や地域農業振興の一環として、米の輸出事業を強化している。2009年末から香港に毎月約5万トンを輸出している。日本の米は現地の日本食レストランなどでニーズが高まっているようだ。さらに、その後富裕層向けの市場開拓を目指しオーストラリア向けにも輸出が開始された。さらに、コストを削減して輸出拡大を目指すために、従来は外部委託していた精米を自前で実施する取組も始めた。

 米は日本の農家が考えている以上に海外からのニーズが強いようだ。少子化や食習慣の変化で日本の米の需要は減り続けている。多くの米が日本国内では余っている。だから輸出によって米余りを解決することで、在庫の叩き売りによる値崩れを防ぐことができる。

よって、輸出に向けた取組は今後の日本の農業にとって重要な役割を果たすことになりそうだ。

 ただ、それには課題もある。輸出体制の整備はまだ遅れている。たとえば、中国輸出する際には厳しい規制がある。たとえば、中国では2003年、自国にはいない害虫が入る恐れがあるとして、日本産の米の輸入を禁じた。その後、輸入は再開されたが厳しい条件が課されている。さらにこのような例として挙げられるのは、台湾への贈答品用のりんごの輸出である。ここでも検疫が問題となって輸出自粛を迫られたのだ。輸出の際には、相手国の事情を十分に理解した上で、入念に準備していく必要があるようだ。

 

7、まとめ

 今回は日本の農業政策を貿易自由化になることを見越して考えてみた。現状としては、日本は多くの零細農家を支えるために多くの税金を投入していることがわかった。ただ、このまま補助金づけの農業をやっていると、将来外国産の農作物と勝負ができなくなる日が来るかもしれない。そこで、農業の過剰保護をやめて厳しい競争にさらしたほうがいいのではないのだろうか。厳しい規制、競争により一時的には農業は衰退していく可能性を秘めている。しかし、競争で一時は衰退しても必ず工夫次第で持ち直すことのできるはずだ。短期的な利益のみ追求するのではなく何十年先のことを見越して日本の農業を考える必要がありそうだ。

 

 

 

 



[1] Paul R. Krugman. 2001. 『クルーグマン国際経済学』エコノミスト社を参照

[2] 山下一仁,2010『農業ビックバンの経済学』日本経済新聞出版社を参照

[3] 矢口克也,2011TPPと日本の農業、農政の論点」調査と情報703,国立国会図書館を参照

[4] 以下の韓国に関する記述は、樋口倫世,2011,「韓国のFTAと米」,Primaff Review No.41を参照

[5] エコノミスト臨時増刊号2007521日号、毎日新聞社を参照

[6] 平成22年度食料・農業・農村白書

[7] 「「攻め」の輸出に好機」『日経ビジネス』,2011.1.24,pp40-42を参照